



INTRODUCTION
長年、サッカー日本代表の10番を背負って戦った中村俊輔にとって、 「すまい」とは何か。
高校時代まで過ごした実家での日々が原点にあり、プロ数年目に寮生活を卒業してからはフットボーラーとして成長を遂げるとともに「自分の基地」にこだわりを持っていく。イタリア、スコットランド、スペインでもプレーし、結婚して家族ができると、家を「家族の基地」として捉えるようになる。
一流のアスリートはどのような空間で育ち、どのようなすまいで育まれていくのか。すまいにまつわるストーリーを中村が語る――。
01初の海外挑戦
イタリアでのすまい

24歳になった中村俊輔は2002年7月、世界最高峰のリーグであったイタリアのセリエAに活躍の場を移す。横浜Fマリノスからイタリア半島の「つま先」にあたる南部の都市、レッジョディカラブリアにあるレッジーナに移籍を果たした。
東洋のファンタジスタと騒がれた背番号10はすぐさまチームの「顔」になっていく。移籍して街のホテルで生活しながら1カ月はいえさがしをし、意中の物件が見つかった。イオニア海に臨むマンションの一室だった。この3年前、レッジーナで1シーズンのみプレーした(後にイタリア代表の中心選手となる)アンドレアピルロが住んだ部屋でもあった。
「初めて海外で生活するわけだから、正直住んでみないと分からない。床は石だし、土足で入る文化からして日本とは違う。ただ自分が好きな『高さのある部屋』だったし、海が見えるのは気持ち良かった。実際、ビーチに出て泳いだこともあった。バルコニーがあったので、そこでバーベキューをやったりもした。
街の人も温かく受け入れてくれた。行きつけの精肉店ができると、その地域は牛タンをあまり食べないらしくてタダでもらったり(わらい)。レストランもここが美味しいって見つけるのも楽しかったし、サッカー以外の生活面でも凄く充実していた。仲良くなったブラジル人選手の家に行ってブラジル料理を食べさせてもらったら『この食材どこで買ってるの?』って聞いたりもして過ごした」
02流れを変えるための
引っ越し

©Enrico Calderoni /AFLO SPORT
1年目で7ゴールを挙げてセリエA残留に大きく貢献。ここで中村はまちなかにあるマンションへと居を移す。悩まされていたのが水問題だった。
「海の近くだからなのか、蛇口をひねると海水が出てくる。レッジーナの練習場もそうだったし、シャワーで髪を洗うとバリバリになっちゃう(わらい)。引っ越したマンションは真水が出て、少し日本の建物に雰囲気が似ていた。まちなかにあったので、買い物するのも楽だった」
だが2シーズン目の2003~04年シーズンは足首、ひざ、腰などケガが相次いで長期離脱を余儀なくされ、チームに戻ってもベンチに回ってわずか16試合の出場にとどまった。そんな中、最初に住んだ海に面したマンションに戻るという決断を下している。悪い流れを変えたいという思いだった。
「2001年に調子が良くなくて横浜で引っ越ししたときと、感覚は同じ。うまくいっていないときに、ちょっとしたきっかけが欲しいと思っていたら、たまたま前に住んでた家が空いていると知って。慣れた環境で元の生活、元のルーティンに戻そうとした。そうしたらうまく回るようになった」
03スコットランドでの
すまい選びは
家族にとっての「いい家」

3シーズン目はレッジーナ、日本代表での活動とフル回転していく。前シーズンの途中には結婚という大きな身辺の変化もあり、プライベートの充実が本業にも好影響を与えた。2005年、ドイツで開催されたコンフェデレーションズカップで1ゴール2アシストの活躍でベストイレブンに選出され、スコットランドの名門セルティックへ移籍を果たす。
グラスゴーでのいえさがしは、これまでとは趣旨が違った。結婚してだいいっしが生まれ、海外で一緒に過ごすにあたっては、まず家族にとって「いい家」でなければならなかった。
「街の中心から離れた静かでのどかな雰囲気の場所に一軒家が並んでいて、その一角に住むことにした。玄関を入るとすぐ階段があった。1階はリビング、キッチンのほかに1部屋あって2階には4部屋くらいあった。日本から送られてきた荷物がたくさんあったので、1部屋は荷物部屋に。1階のリビングは子供が遊べるようにしていた」
サッカーを観る〝仕事部屋〟は設けていない。それは家を「自分の基地」ではなく「家族の基地」にしたかったから。自分の試合や、海外のサッカーはむしろ試合に向けた移動時や、チームでのぜんぱく、こうはくじにホテルで集中して観るようにした。メリハリをつけることで、サッカーへの集中も増していく感覚があった。

セルティックでSHUNSUKE NAKAMURAは伝説になる。
ドイツで行われた国際大会後の2006~07年シーズン、欧州CL(チャンピオンズリーグ)グループリーグのマンチェスターユナイテッド戦では直接FKで2戦連続のゴールを挙げた。
オールドトラッフォードでの第1戦。ゴール右隅に鋭く曲げて落とした一撃に対し、GKエトヴィンファンデルサールは動けなかった。そしてホーム、セルティックパークに場所を移しての第2戦は、遠目の距離から同じように右隅に決めてチームに勝利をもたらした。現行制度のCLで初めて決勝トーナメント進出を決め、それは伝説のゴールとして長く語り継がれることになる。このシーズン、中村はリーグMVPに輝く。セルティックに4シーズン在籍し、リーグ3連覇に欠かせない存在であった。
